教員×学生の研究日誌
Research Journals
2024.05.30
リモートセンシング技術で、
農業、そして、地球の未来を救う。
工学部 工学研究科 博士課程前期 2年生
LOHACHOV Mykhailo さん(取材当時)
工学部 機械電気システム工学科
沖 一雄 教授
深刻化している飢餓問題、発展途上国における農業の厳しい労働環境など、食に関する課題は世界中で山積しています。そうした地球規模の問題に対して、コンピュータサイエンスとリモートセンシングという最新技術でアプローチしているのが、沖研究室のMykhailoさん。気象や土壌などのデータを遠隔で収集し、植物の成長と収穫を正確に推測するという、前例のない“スマート農業”の実現を目指しています。ウクライナ出身のMykhailoさんが母国を離れて日本でこの研究をする決意をした理由や、現在取り組んでいる研究の内容、そして、沖先生が学生との研究で大切にしていることについて、それぞれお話を伺いました。
理想の研究と環境を求めて、ウクライナから京都先端科学大学へ。
母国ウクライナの大学では、データ分析などを行うコンピュータサイエンスを専攻していました。現在研究しているリモートセンシングという技術について知ったのは、大学在学中のことです。人間の活動に関するさまざまな情報が、衛星や遠隔探知機で観測できることに衝撃を受け、卒業後は大学で学んだコンピュータサイエンスとリモートセンシングを組み合わせた研究をしてみたいと考えていました。さまざまな国の大学で行われている研究をリサーチし、見つけたのが京都先端科学大学の沖先生の研究です。スマート農業の実現に向けた沖先生の取り組みは、まさにコンピュータサイエンスとリモートセンシングを組み合わせて行うものであり、私が理想とする研究内容。また、農場を持つ祖父母と共に育った私にとって「農業」は非常に関心が高いテーマであり、沖先生の下で研究に取り組みたいと強く思いました。京都先端科学大学には最新の設備が整っていることや、ウクライナ人学生向け奨学金プログラムが用意されていることも入学を決めた理由です。さらに、京都先端科学大学では、研究におけるコミュニケーションはすべて英語で行われるため、私にとって非常に学びやすい環境であるということも後押ししました。大学職員の方や先生方の中には英語を話せる方がたくさんいらっしゃるので、自分が日本にいることを時々忘れてしまうほど快適な環境で日々研究に打ち込んでいます。
エクアドルのブロッコリー栽培に、スマート農業で革命を。
沖研究室ではエクアドルのブロッコリー栽培をフィールドに、スマート農業の実現を目指しています。私が取り組む研究内容としては、まずリモートセンシングを用いて気象、土壌、水のデータを遠隔で収集することです。そうして収集したデータを分析し、ブロッコリーの成長速度と気象条件の関係をひもといていきます。このプロセスを何度も繰り返し、信頼性が高いデータを構築することができれば、農家の人たちが植物の成長と収穫をより正確に推測するのに役立てられるはずです。研究を始めたばかりのころは、ブロッコリーの成長をモデル化しようとして失敗のループに陥ってしまいました。そんなとき、的確なアドバイスで研究を前に進めてくださったのが沖先生でした。毎週行われるミーティングで、沖先生はいつも的を射たフィードバックでサポートしてくださいます。また、過去の情報だけでなく、最新の技術に精通していらっしゃることも私が沖先生を尊敬している点です。
スマート農業の実現は、労働条件や生産量の改善につながります。そうすれば、発展途上国であるエクアドルで暮らす人々の生活を、より質が高いものに変えられるでしょう。また、この研究は世界の飢餓問題や、地球温暖化の解決の糸口にもなるはずです。世界にとって貴重なツールとなり得るこの研究を、しっかりと実用化できるように頑張ります。
ある日の研究室の一日
教授が推薦した論文の文献レビューを行います。
近くのラーメン屋で昼食。 日本食を楽しみながらその日の考えをまとめるのが好きです。
使用するデータを処理するための新しいアルゴリズムを開発。また、アイデアの一部を文書化して、研究室の会議でフィードバックを得られるように準備します。
研究しているモデルをどのように改善できるかについて教授と話し合います。
研究を終えて帰宅。
先生からの一言
私の専門は、離れた場所から対象物の状態を計測するリモートセンシングの技術です。これまで、環境・農業分野を中心に遠隔で有用なデータを計測できる手法の開発に力を入れてきました。近年では、繁殖期の雄ジカの特徴的な鳴き声に注目し、食害が深刻な尾瀬国立公園(群馬県など)に複数のマイクを設置し、キャッチした鳴き声のずれなどを分析してシカの位置を特定しました。さらに熱赤外線カメラを搭載した無人航空機(ドローン)を飛ばしてシカの頭数を計測し、これらのデータを組み合わせて、尾瀬全体における生息数を推定しています。
対象地域をセンシングし、多くのデータを取得しても、対象地域に対する知識がなければ有益な情報は得られないことが多いです。ここで重要なことは、観測されたデータに対して今までに得られている対象地域の知識を加えることで、新しい有益な情報を引き出すというプロセスです。さらに得られた有益な情報から、対象地域の現状評価、将来の影響予測を行い、最終的に対策までを考案するプロセスが重要であると言えます。学生にはこのような考えを教育・研究を通して指導していきたいと日ごろから思っています。また、リモートセンシング技術を社会に役立たせ、実利用化するためには、計測されたリモートセンシングデータを単なるデータとして考えず、そのデータに潜んでいる本質すなわち有益な情報は何であるかを常に意識でき、最終的には物理計測(数式)モデルとして表現できる人材を育てる必要があると考えています。そのためには、多くの学問分野の知識が必要とされ、さらに対象となるフィールドの知識も必要とされるため、これらの教育を授業、ゼミなどを通して実施しています。
LOHACHOV Mykhailoさんは、研究室のこれらの教育・研究活動を通して、彼の研究課題に対する従来とは違った解決策を見いだし、その成果を国際誌としてまとめています。頼もしい限りです。
※記事に掲載している情報は取材当時のものです。